submit
Today is Wednesday October 22, 2005.
テストでやっている、連携テスト。今回、普通の呟きが何と!このMIXIボイスにも連携されて表示とな!まぁツイッターしているって発覚できる奴だよねぇ。多分じゃないけど。まぁ、いいや。とりあえず、短いけどこの辺で。さて、また健康にいいの食べて頑張るかな。
先日、必要に迫られてリーダー論の本を探しに書店に行くと、ビジネス分野の本の書 棚に、3年前に亡くなった地元企業の社長さんの著書が置いてありました。 (正確に言うと”著書”という表現は適切ではありません。) 興味があったので本を手に取り、オビを見たら「聞き書き」との文字が目に入りました。 「聞き書き」とは、例えばある人物の評伝を本にする際、その人物にフリーライターや 編集者がインタビューし、語った内容をその人物が書き表したような感じの文章にしたも のを言います。 つまり語った(話した)人間と、書いた人間が別と言う事です。 この場合、それが明記されているのなら問題はありません。 巷では、ビジネス書やタレント本が溢れていますが、そのうち著者と言われている本人 が自分で書いた本はどれ位あるのだろうと思う事があります。 本を出すのに、その内容を自分で書かず、他の人に書いてもらっているにも関わらず いかにも自分で書いたように「著者」と名るのは詐欺に等しい。 私は若い頃、モノ書きになりたいという夢があり、今でもそれは継続していますが、そ れゆえに文を練り、書く(パソコンの場合は打つ)のは自分でやるもの、という観念が染 み付いています。 自分で内容・構成・表現を考え、それを文章として書いていくから「著作」と言えるので あって、語ったり話した事を自分以外の誰かが書いたものは「著作」とは言わない。 よく少しばかり名前が売れると(タレントにしろ、評論家にしろ)すぐに本を出そうとする 傾向にありますが、本当に自分自身で文章を書いているのか。 書いてないのなら、それは創作とも著作とも言わない。 そもそも、自分の名前で(すなわち著者として)本を出すのなら、文章くらい自分で書 け。 それが出来ないのなら、本なんか出すな。 と言いたくなるのは、私が似非(エセ)や虚栄心、自己顕示欲を嫌うから。 まあ、今の世の中、自分では何もしてないのに、いかにも「自分がやりました。」と言っ て手柄や功績をPRする輩が多いのは、タレントや評論家、政治家などに限りません。 会社でも、市民団体でも、自治体でも、NPO法人でも「組織」に所属している人間には 少なからずそのような人物はいる。 そこまでして何が得たいのかはよく分かりません。 出世したいのか、有名になりたいのか、お金と権力を得たいのか。 まあ、他者が何を得たいと思おうと自由であり、私にそれをとやかく言う権利などありま せん。 が、「自分で自分の事を出来ない奴が偉そうに言うんじゃない。」という気持ちにはな る。 因みに私が探して購入したリーダー論の本には、リーダーが実践すべき事のひとつと して、「自分自身の声で語る」と言う行為が掲げられていました。 (これはリーダーに限らず、人として誰しも必要なことのような気もします。) 「自分自身の声で語る」…すなわち、自分自身の考えを、自分の声で話す、自分で書 くことによって表明する。 自分以外の誰それがこう言っていました、などという話よりも、私はあなた自身の考え をあなた自身の口から聴きたい。 他の誰かの話を引き合いに出す、話題にする事を否定しているのではなく、それを元 に己はどう考えるのかが大切ではないか、と思います。 私も、私自身の考えを私自身の言葉で、私自身の表現で、文章で、話し方でオープン にしていきたい。 例え自分の考えが、拙い、未熟だ、思慮不足だと言われようとも、その声を恐れて自ら は発信せず、人の発信した内容にああだこうだ批評するような卑怯な真似はしたくない ので。 今日は、少し感情が露出したような書き方になりましたが、あえてこのままにしておき ます。 それではまた。